やりなおしの英語 その145 今更ながら音読の必要性を感じました。しかしあまり出来ていません。
音読は大切というのは何度となく話として出ていて、やるぞという私の決意も何度かありました。
結果として、この音読はあまり出来ていません。
言いわけをやはりしてしまいますが、音を自分の部屋で出す行為そのものが難しいため、
他でやることになりますが、じゃあどこでやる?となると該当できるところはほとんどありません。
オフィスでやるは、自分の部屋でやるより難しいことですから、これもダメでしょう。
そこで歩きながらやっていたわけですけど、これにしてもブツブツ言うぐらいしか言えません。
普段音読の出来ているかたなら、このブツブツも十分効果があるようですが、このブツブツだけでやるは
音読といった感じとは程遠いです。
これだけで私も出来るだろうと続けていたわけですけど、さて、しっかりと声を出してみると
ブツブツでは言えていたように思っていたところが実は出来ません。
このことについては、一度少し研究しています。ブツブツいうには口はあまり開けなくて済みます。
それに比べてしっかり声を出すには口もしっかり開けます。
小さい音で話すときは、語尾もはっきりしなくていいですけど、しっかり音を出すときには語尾もはっきりさせます。
これによってどういうことが起きるかといいますと、小さい音であれば、音読の速度が簡単にあがります。
そもそもはっきり発音しなくていいわけですから。
ところが、大きな音ですと、正確な音を出さなくてはならないだけでなく、口の動きがはいりますから、もともと
速度をあげられません。
これらのことによって、音読が出来ていたように思っていたものの、実際の音読は出来ていないことが
露呈するわけです。
歌をくちずさむことは誰でもやっていることでしょう。
しかし、その歌をマイクを持って歌うとなればどうでしょうか。
すべての人が出来ることにはならないはずです。
それと同じかなあと思います。
さて出来ない話ばかりやっているわけですけど、先日、久々に英語教室に行ってきました。
やはり普段音読していないと、英語が口からすぐに出てきません。
英語がわからないわけではありません。
英語には毎日接しているわけですから。
やはり想像していたように、普段口に出していないものは、急に出せるようにはなりません。
もっとも、時間がたってきますと、そうだそうだこんな感じだってことで口から英語が
出てくるようになります。
英語を学習するときに大半はINPUTだけですけど、音読でもいいので
OUTPUTを行わないと英語は使えないものになるというのを久々に実感しました。
音を出すというくせをつけないといけないでしょう。