シニアに近づくとちょっとしたことで嫌なところが出てくるがそうなってはいけないでしょう。
入れていただけるコミュニティにそこそこ参加させてもらていますけど、
正直いいまして、シニアやシニアに近づいているかたは、こんな私が言っては
申し訳ないですけど、聞き分けがない、相手をリスペクトしないという人が
多いです。
シニアの多いコミュニテイにいるだけですと、皆さんこんなものだと思うんでしょうけど、
若い方の多いコミュニティに入ると、シニアはだめだなと思います。
いまどきの若いものは ではなく
いまどきのジジィやババアはという感じです。
年配になると、若い人たちと話が合わないので、こちらから入るわけにいかないという
ことになるのでしょうけど、若い人たちからすれば、来ないでくださいだと思います。
普段の集まりで、シニアであっても、話をしている分にはそれほど嫌な面とかが探しても見つかりませんが、
これが何か非常に忙しいとかになりますと、ギスギスしたところが
一度に出てきます。
老若関係なく、忙しく動かないといけないときや、早く仕上げてしまわないといけないといった
ときは、お互いにぶつかるときもあるでしょう。
そんなときに、まず、若者と年配では、遠慮なしに言う言わないといったところが大きく違います。
若者は遠慮なしに言うだけ言う人はそうはいません。
ところが年配は、言うだけ言ってしまう人のほうが多いです。
こうなる違いはまず老化でしょう。
そして、相手をリスペクトするような気持ちがどっかに飛んでいっているんでしょう。
まあいや図々しいというのを誰に対しても平気で出来る人です。
ふたつの人たちは、お互いに一緒になりようがないと思います。
若い者は礼儀を知らないといった話をよく耳にしますけど、
逆ですね、年寄りは礼儀を知らないでしょう。
若い人は前途洋々ですので、希望に満ち溢れています。
だから、多くのことをモノや人から学んで、そして取り入れてという気持ちの人が多
いでしょう。
謙虚さが十分に残っています。
それに対して、年配は、人生のかなりを終えてしまい、希望という希望なんかないし
これまでの流れで時間をつぶせればいいし、嫌われたって
どうってことないわという感じじゃないでしょうか。
そうさせるのは、いまさらどうにもならない人生を悲観して
コンプレックスだけが自分の中に渦巻いているせいでしょう。
要は自分の人生が気に入らないってことだろうと考えています。
シニアになってから、こうなっては最悪です。
友達なんて残っていませんし、出来るわけもありません。
誰にも頼られることもなければ、頼る相手もいないでしょう。
若者も近づくことはないでしょう。
そうならないように、自分の心を広くするようなことを
常にやることが大切だろうと考えます。
それによって、謙虚になり、若者とも
普通に接することができるはずです。
そうすれば、いつも楽しい人生を送っているという充実感も
得られますし、どんな人でもリスペクトする余裕も生まれてくる
でしょう。
そんな人には誰もが近づきたいと考えるはずです。