痛みがあるも健康ではないので、健康を持続させるは簡単ではない
健康が大切はいまさらいうまでもないことですが、それについて思うことがあるため
少し書いてみます。
健康という言葉を使ったときには、心身の健康というのがはじめに思い出されます。
病気になっていない、そしてメンタルに支障をきたしていない。
そのあたりに特別思い当たることがなければ健康と言えます。
私などもそう思ってこれまで生きてきたわけですけど、ここ1年は痛みとの戦いといえば大げさですけど、
痛みとの共存をしようとしてきたわけですが、この痛みというがあると集中力は落ちますし、もちろん
動きに制限も出てきます。
これを健康と呼んでいいのだろうかと考えたときに、やはり違うなと。
動きが制限されたり、思考が停止気味になるというくくりにしますと、痛みをもっているは
やはり不健康だと考えたほうがよさそうだと思うようになりました。
持病があるわけでもないのにBMIがある一定以上の値ですと
病人とみなされるというのがありますが、それと同じで、生命に影響を及ぼすことではないものの
痛みを持っているということはみなし病人と考えたほうがいいのではないかということです。
腰痛持ちの人は、本人のつらい状況とはうらはらに周りからはほとんど心配されることはないでしょう。
膝痛にしても同じです。
言葉としては大変ですねとは言いますが、大病を患っている人と同じような言い方はしないに違いありません。
年齢が若いときは、整形外科にお世話になるようなことでもない限り、病魔に侵されたといったことでもないかぎり、
急に痛みが出てきたなどといったまず起こりえません。
ところが、歳を重ねると、ご存じのように、いろんな原因によって、足腰に痛みが出てくるは普通になります。
高年齢にならなくても中年と言われるころからは平気で起こります。
私も起こりました。
そう考えますと、健康維持というのは、かなり難しく大変なことであることがわかってきます。
歳を重ねるだけで健康がおびやかされるということになるわけですから。
シニアになってからでは、失った健康を取り戻すには相当な努力が必要でしょうし、
もしかしたら元には戻らないかもしれません。
そういうでは、健康は相当な努力をしていない限り失いやすいものという
ことになるかと思います。
何か取柄がありますかと聞かれて、謙遜のつもりで「私には健康しかありません」という人がおられますが、
これを聞いた人は、そんな素敵な財産をお持ちなんですね、うらやましいですと
周りはいうべきなんでしょう。